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地方で救急車を運転する人が不足(アメリカ、ニューヨーカー誌)

2019年05月29日

海外ニュース

アメリカの救急医療のニュースをご紹介します

今回はアメリカの救急車に関する記事をご紹介します。この記事を掲載したニューヨーカー誌は1920年代に創刊され、今やアメリカを代表する週刊誌となりました。また、村上春樹の小説が掲載されることでも知られています。

アメリカの医療といえば、少し入院しただけで多額の請求をされるため、経済的に恵まれない人たちは十分な治療を受けられないというイメージがあります。今回ご紹介する記事は、アメリカの地方の町では、急病にかかっても病院にたどり着くこと自体が難しくなっている、という内容です。ここでも人手不足が問題になっています。

地方で救急車を運転する人が不足

『何年にも渡って、モーガン一家はワイオミング州のラ・バージという町で救急車のボランティア活動に携わっていた。この町は500人ほどで、グリーン川とワイオミング山脈の間にある美しい荒れ地の片隅に横たわっている。モーガン夫妻のライルとタミーは四十代で、娘夫妻(ジニーとジョーイ)とシフトを交代していた。ジョーイはもう娘の夫ではない。

電話が鳴る。そのとき彼らが救急ステーションに詰めていなければ、二組の夫婦のどちらかが救急ステーションに車で駆けつける。そして救急車に乗り込むと、ヤマヨモギや岩石に囲まれた道を何マイルも逆戻りして、患者の家にたどり着く。患者は、妻に言われて電話を掛けさせられた気の弱い油田の作業員だったり、胸の痛みを訴える高齢の女主人だったりした。

患者の脈や呼吸を調べ、担架に乗せ、最寄りの南リンカーン医療センターに連れていく。最寄りといっても、その病院はケミアアーにあり、ラ・バージからは50マイルも離れている。

2008年の10月のある夜、ジニーは1本の電話を取った。父親が自宅で倒れたという知らせだった。ジニーとジョーイは救急車で自宅に駆け付けたとき、父ライルは心臓発作を起こしていた。ケミアアーの病院に搬送したが、父は息絶えていた。その後数年間、ジニーはなんとか救急車の運営を続けたが、最終的には引っ越しをすることになり、救急サービスは廃止された。

アンディ・ジーナップがこの話を聞いたのは、2010年、ワイオミング州の救急医療サービスの責任者になってすぐのことだった。広大な土地が広がるにも関わらず病院があまり多くないこの州で、病人やけが人ができるだけ早急に病院に搬送されているかを確認するのが彼の仕事だからだ。ジーナップは痩身で、額の広い男である。余暇にはヘラジカ猟をしており、アイオワ州やメリーランド州の小さな町で育った。「自分には田舎のことが分かると考えてたんだが、その後、引っ越すことにしたよ。こんちくしょう!」と彼は語った。

アメリカの田舎町には4600万人の人々が暮らしている。何十年もの間、彼らはボランティアの救急サービスに頼ってきた。しかし今日、そのようなシステムは崩壊の危機に面している。地域の住民が高齢化して人口が減るにつれ、救急車を運転する人が少なくなってきたこと、救急サービスを維持するための税金を払う人が減ってきたことが原因である。「田舎町でどれほど多くの救急サービスが閉鎖の危機に面しているか、誰も理解しようとしないんだ」とジーナップは語る。一つの町の救急サービスが廃止されると、近隣の町の救急救命士や衛生兵が駆り出され、結果的に病院までの搬送に掛かる時間が増えることになる。「アメリカの地方は危機に瀕している。誰かが計画を立ててこの問題に対処しないと、いつか『911に電話したが誰も来なかった』なんて日が来る」とジーナップは言う。

私たちがいま知っているように、救急医療はもともと高速道路での交通事故に対処するために、50年前に開発されたものだ。1956年にアイゼンハワー大統領が州間高速道路を承認してから、交通事故死者数は14年間で4割増加した。何千人ものドライバーがシートベルトをせずにフロントガラスから放り出されたのである。最寄りの病院はそこから何マイルも先だった。この問題に対処するため、議会が1973年に可決したのが救急医療制度法案で、救急サービスを試行するために1500万ドル以上の資金が各州に支給された。国中の町で計画が実行された。運用規則や資金の調達方法は、地方ごとに様々だった。救急救命士の指導員でカリフォルニア州サンタ・ローザの衛生兵でもあるアート・シェイは「もしあなたがどこかの救急医療システムを見たことがあるのなら、それは一つの例を見たにすぎないのです」と語る。

1981年、レーガン大統領は連邦政府の予算から救急医療システムの予算を削減した。都市や郊外では十分な税収があり、24時間利用できる公営の救急車を運営することができたからだ。また、公営のサービスが行き届かない部分を担う民間企業にも、十分な利用客があった。しかし地方においては、数え切れぬほどの救急サービスはボランティアに頼らないとことには存続することができず、実際その多くは存続できなかった。大都市では誰かが911番に電話すると、数分で救急車が到着するし、すこから病院までは数分である。ラ・バージでは誰かが交通事故に遭った場合、911番に電話してケミアアーから救急隊が到着するのを待つことも可能だが、たいていは友人に頼んで車で送ってもらった方が早く病院に着く。南リンカーン医療センターでは軽症の怪我の治療はできるが、重度の外傷を負っている場合、患者はヘリコプターでユタ州に搬送され、包括的な治療を受けることになる。

救急医療の全米協会の責任者を務めるディア・ガイナーは、政治家や地方に住む人たちに対し、救急医療は消防や警察のような基本的な公共サービスだと認識してほしいと考えている。救急と同様に地方の消防署もまたボランティアを募集してはいるが、経済的なインセンティブや連邦政府からの補助金のおかげで、運営が維持できている。ガイナーは「地域社会の保険レーティングのおかげで、消防署は人気があるんです」と語る。もし地方の町に消防署がないと、住民たちが掛ける火災保険が高くなるのだ。田舎町の救急サービスの多くは、町の消防と予算をシェアしている。例えばラ・バージでは、消防隊員と救急救命士は同じ消防署を共同で使っている。しかしこれが救急救命に携わる人たちの不満の種になっている。火災で電話してくる人1人に対して、急病で電話してくる人は10人もいるのだ。ガイナーは、もし救急サービスが警察が受け取っているのと同じだけの補助や、連邦政府・研究財団からの支援を受けられたなら、地方の救急サービスは今ほど困窮しなかっただろう、と述べている。「私はアイダホに住んでいるので、救急救命の管理を国に要求しているのではありません。しかし、連邦政府がもっと深く関与してくれたら、州や地方自治体が仕事をしやすくなると思うのです」と彼女は語る。

州や地域の自治体は、救急システムが失った労働力を取り戻すため、さまざまな方法を試みてきた。オレゴン州は救急救命に携わるボランティアに対し、250ドルの税額控を行なっている。ユタ州グランド郡(アーチズ国立公園がある)は救急救命の予算とするため2016年に少額の税を徴収した。小さな町の企業の中には、救急車のボランティアのシフトに合わせて、従業員に有給休暇を与えているところもある。しかしこれらは小規模であり、範囲も限られている。

大幅な構造改革を行なうためには、州や連邦政府の資金が必要だ。議会は地方の救急サービスに対し、提供したケアに応じて利用者に支払い請求をして、収入を増やさせることもできた。クリティカル・アクセス・ホスピタル制度を実施して地方の病院の収入を増やしたときと同様に、公的な医療保険の払い戻し率を上げるような法制化を行なうこともできた。連邦政府は救急救命に携わるボランティやフルタイムで働く衛生兵に支払うための、そして救急医療サービスに関する全国規模の研究を行わせるための補助金を設立することもできたはずである。医療費負担適正化法(いわゆるオバマケア)に基づくメディケア(医療保険制度)の拡充を行なっていない州においては、議員たちはそのように議決することができた。「アメリカの田舎の人たちはほとんど医療保険に入っていないため、救急車を運営する企業は不快な思いをしている。患者にケアを行っても保険金が入らず、多額の金が失われているからだ。」とシェイは語った。2018年、ネブラスカ州、アイダホ州、ユタ州の活動家たちは、何十万人分もの署名を集め、メディケイドの拡大に関して州民投票を行なうよう求めたが、州の議員らは反対した。11月には3つの州すべてで、賛成が反対を上回った。救急救命に携わる多くの人たちが歓迎した進歩であった。

ジーナップは地元の議員に対し、予算上の反省を求めている。「雪が降ったときに道路の除雪をするより、救急車の方が大事なのか? 新しい学校を建てるより救急車が大事なのか? 多くの町では、そうではないだろう」と彼は話す。しかし、救急車が最も優先されるべきケースもある。ユタ州の救急サービスの責任者であるガイ・ダンジーは、前出のグランド郡の事例(救急サービスの運営のための課税)の背景には、地域経済が依存する観光客の便宜を図る狙いがあるのだと説明する。観光客の多くは、必要なときにはすぐに救急車が来るものと思っているのだ。彼は、救急サービスを運用するための郡による課税を、法制化によってではなく州民投票によって行なうことが重要だと考えている。ユタ州がメディケイドを拡大したときと同じやり方である。そうすることによって「税金のようには感じられなくなる」のだ。』